前橋地方裁判所 昭和30年(行)3号 判決 1960年5月26日
原告 松井千代
被告 前橋税務署長
訴訟代理人 加藤隆司 外七名
主文
被告が昭和二九年五月一三日付をもつて、原告の昭和二八年一月から同年一二月にいたる事業年度分の所得金額を三六五、四二二円と更正した処分のうち三二七、一〇〇円を超える部分を取り消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、申立
原告は
「一、被告が昭和二九年五月一三日付をもつて、原告の昭和二八年一月から同年一二月にいたる事業年度分の所得金額を三六五、四二二円と更正した処分を取り消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
被告は
「一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、主張
原告は、請求の原因として、
「一、原告は、昭和二九年三月一五日に被告に対し、請求の趣旨記載の事業年度(以下、本件年度という。)分の所得税の確定申告として、純損失二六、八一六円と申告したところ、被告は、昭和二九年五月一三日に原告の所得金額を五〇〇、〇〇〇円と更正する処分をしてその旨原告に通知した。そこで、原告は、被告に対し、再調査の請求をしたが棄却されたので、さらに関東信越国税局長に対し、審査の請求をしたところ、同局長も同年六月二四日付決定をもつてこれを棄却し、翌二五日に原告に対しその通知をした。しかして、被告は、同月三〇日に前記更正処分に誤謬があるとして、前記所得金額を三六五、四二二円と訂正しその旨原告に通知した。
二、しかし、原告の本件年度における純損失は五六、七四九円(後日調査の結果申告額に変動を生じたものである。なお、原告は、純損失五六、七五九円と主張するけれども、後記のとおり五六、七四九円の誤算と認める。)であるから、本件更正処分は所得金額の認定を誤つた違法があるものとして取消をまぬかれない。よつて本訴に及ぶ。」と述べ、被告主張の事実に対して
「一、原告は、本件年度分の営業用帳簿として総勘定元帳、現金出納帳、売上帳、仕入帳及び経費台帳を備え付けかつこれを正確に記帳していたのであつて、これにより原告の本件年度における収支金額の明細は充分認定し得るのであるから、右帳簿の記載を無視して所得金額を推計することは許されない。
二、右帳簿の記載によれば、原告の本件年度分の収支金額の明細はつぎのとおりである。
1 益金の部 合計 五七五、九一九円
総売上高 五七五、九一九円
内訳
宿泊料の収入 四九九、四三〇円
丸泊客(二食付)八五〇人 四二五、九〇〇円
半泊客(一食付)一五〇人 五一、二八〇円
素泊客及び貸室 一四九人 二二、二五〇円
酒類の売上高 六九、八三〇円
その他の収入 六、六五九円
2 損金の部 合計 六三二、六六八円
売上原価 二一三、二五八円
内訳
純仕入高 二一三、二五八円
(計算上は、三一三、二五八円であるが後記のとおり原告とその家族の生計費一〇〇、〇〇〇円を控除したから、二一三、二五八円である。)
米の仕入高 四八、八八九円
酒類の仕入高 四五、九九〇円
調味料の仕入高 一六、〇〇五円
その他の仕入高 二〇二、三七四円
期首棚卸高 三、五〇〇円
期末棚卸高 三、五〇〇円
その他の経費合計 四一九、四一〇円
(その他の経費の明細は、被告主張のとおり。)
なお、宿泊料の収入につき、原告方における宿泊料の標準は来客一人につき丸泊客五〇〇円、半泊客四〇〇円、素泊客三〇〇円であり、丸泊、半泊客一人一食あたりの米の消費量は一、五合である。また、酒類の仕入高四五、九九〇円については、その大部分は二級酒であつて、一日平均の消費量は二合余(年間約七斗三升)一合の売価は八〇円である。
3 したがつて、原告の本件年度の純損失は右1、2の差額五六、七四九円である。(原告は、総益金を五七五、九〇九円、したがつて純損失五六、七五九円と主張するけれども、以上の計算関係に照らし、総益金五七五、九一九円、純損失五六、七四九円の誤算と認める。)」と述べ
三、被告の予備的主張に対して、「被告主張のとおり、原告が本件年度において納付した公租公課中の三一、三四四円、国民金融公庫に対する弁済金中の一九、〇七八円及び訴外大橋酒店に対して支払つた仕入代金中の八七、二一七円がいずれも支出として前記帳簿に記載されていないこと、原告方の家族数が被告主張のとおり七人であり、そのうち二人は、約半年間原告と食事をともにしたものであつたことは認めるが、その余の被告主張の事実は否認する。右大橋酒店に対する八七、二一七円は、原告方の来客が同店から商品を買受けるにあたり原告がその取次をしたにすぎないものであつて、営業用に購入したものではないし、原告とその家族の本件年度分の生計費は一〇〇、〇〇〇円であり、これについては、仕入商品中営業用に消費したものと、原告及びその家族において消費したものと明確に区別することができなかつたので、これを良心的に年間一〇〇、〇〇〇円と推定して右金額を純仕入高から控除しているから被告主張のようにその記帳もれはない。また、前記帳簿に店主借一一五、〇〇〇円の記載があるけれども、該金額は、原告が他から借り入れて営業に支出したものであつて、これも被告主張のように計上もれ売上金を帳簿に補充するための便宜的な記載ではない。」と述べた。
被告は、答弁として、
「一、請求の原因第一項記載の事実は認めるが、同第二項については、被告の計算によれば、原告の本件年度における所得金額は六一七、五一六円であつて、本件更正処分は、この金額の範囲でなされたものであるから、原告主張のような違法はない。
二、被告の調査によれば、原告は、肩書場所において旅館業を営むものであるが、その備付にかかる本件年度分の営業帳簿は、ある期間を手記した程度にとどまり、年間を通じての収支金額の明細を示したものではなく、その記載内容も極めてずさん粗雑であつて、到底これを信用することができなかつたし、他に原告の所得金額を算定し得る直接的な資料もなかつたので、間接的資料を把握しこれにもとづいて推計したものである。その結果はつぎのとおりである。
三、(原告の本件年度における収支金額)
1 益金の部
総売上高 一、四六〇、七五三円
内訳
宿泊料の収入 一、〇一六、四〇五円
料理等飲食物の売上高 四四四、三四八円
2 損金の部
売上原価 四二三、八二七円
内訳
純仕入高 四二三、八二七円
期首棚却高 三、五〇〇円
期末棚却高 三、五〇〇円
その他の経費合計 四一九、四一〇円
内訳
電気料 一〇、七九六円
広告宣伝費 二九、六七〇円
水道料 五、三七〇円
電話料 四六、三一五円
燃料費 六〇、六九〇円
修繕費 一四、三四五円
地代 一、〇一〇円
保険料 二五、二〇〇円
事務費 一、〇二〇円
公租公課 七一、五〇四円
消耗品費 三〇、六八五円
組合費 二、六八〇円
雑費 一五、三二二円
人件費 七二、〇〇〇円
減価償却費 二二、九一六円
支払利息 九、八八七円
3 所得金額 六一七、五一六円
四、(計算の根拠)
1 純仕入高 四二三、八二七円
(一) 原告の取引先訴外大橋酒店の備付にかかる本件年度分の営業用帳簿の記載によれば、原告は、昭和二八年一月から同年一二月一五日までの間に同酒店から
清酒 一級 二二升 一八、〇〇〇円
二級 一四九升 七〇、三八〇円
ビール 五〇七本 五四、五九四円
サイダー 一二六本 二、八〇八円
焼酎 四升 一、三一〇円
ぶどう酒 七、五升 二、八八五円
を仕入れたことが明認できる。
(二) ところで、同年一二月一六日から同月三一日までの間の仕入高については、これを明認できる資料がないから、右酒店の帳簿の記載にもとづいて推計すれば、同期間における酒、ビールの仕入高は計一〇六七二円である。すなわち、同月二三日から同月三一日までの間の仕入高については、同帳簿の記載上明らかな前年度同期間の仕入高計八、一八〇円と同額の仕入があつたと推定し、かかる資料すらない昭和二八年一二月一六日から同月二二日までの七日間の仕入高については、同帳簿の記載上明らかな同月一日から同月一五日までの間の仕入高計五、三六〇円により右期間内の一日平均の仕入高三五六円を算出し、これにもとづき前記七日間の仕入高を二、四九二円と推定した。
したがつて、同帳簿にもとづく、原告の仕入高は、
酒、ビール 一五三、六四六円
サイダー、焼酎、ぶどう酒 七、〇〇三円
合計 一六〇、六四九円
である。しかして、原告備付にかかる帳簿の記載による酒、ビールの仕入高は五〇、〇八〇円であるから、右一六〇、六四九円とこの五〇、〇八〇円の差額一一〇、五六九円が仕入高についての計上もれであるというべきところ、同帳簿の記載による純仕入高は三一三、二五八円であるから、右純仕入高と計上もれ一一〇、五六九円の合計四二三、八二七円が原告の業しい純仕入高であるというべきである。
2 総売上高 一、四六〇、七五三円
原告は、その正態上料理等飲食物の売上による収入と宿泊料の収入とを有したものであるが、被告は、右両者につきそれぞれつぎのとおり推計した。
(一) 料理等飲食物の売上高 四四四、三四八円
(1) 酒、料理の売上高 四三四、八一六円
この売上高は、原告備付にかかる前記帳簿の記載によれば、酒、ビールの仕入高が五〇、〇八〇円であるに対し、その売上高は一四一、七三九円であつて、右売上高の仕入高に対する比率は二八三%であり、原告の同業者のこの比率は三五〇%ないし三六〇%であることを通例とするから、この二八三%を被告が前記のとおり推定した酒、ビールの仕入高一五三、六四六円に適用して算出した。その結果この売上高は四三四、八一六円(153,646円×283(%)=434,816円)である。
(2) サイダー、焼酎、ぶどう酒の売上高 九、五三〇円
この売上高は、サイダーは一本三〇円、焼酎、ぶどう酒はいずれも一升を一〇本に分け、一本五〇円で販売されるのが通例であるから、これと前記のサイダー、焼酎、ぶどう酒の仕入数量にもとづき計算した。その結果この売上高は、九、五三〇円である。
仕入数量
本数
売上高
サイダー
一二六本
一二六本
三、七八〇円
焼酎
四升
四〇〃
二、〇〇〇〃
ぶどう酒
七、五升
七五〃
三、七五〇〃
計
九、五三〇〃
(3) よつて、料理等飲食物の売上高は、右(1)、(2)の合計四四四、三四八円である。
(二) 宿泊料の収入 一、〇一六、四〇五円
この収入については、原告が営業用に消費した米の量から宿泊客総数を算出し、これと原告備付にかかる前記張簿の記載による来客一人あたりの宿泊料とにより計算した。
(1) 宿泊客数
本件年度における原告方の宿泊客中食事を必要とする丸泊、半泊客が消費した米の量を明認できる資料がないので前記帳簿の記載による自由米(いわゆる闇米)購入金額と当時の前橋市内における自由米消費者価格(前橋商工会議所調査による。)とによりその購入量を計算したところ、つぎのとおり三、四七二合である。
購入した月
購入金額
その月の一合の価格
購入した量
一月
一、七三〇円
一一、〇円
一五七合
二月
四、七四〇円
一一、五円
四一二合
三月
三、七五〇円
一二、〇円
三一二合
四月
五、〇〇〇円
一一、五円
四三四合
五月
五、六四九円
一一、五円
四九〇合
六月
四、四九六円
一二、五円
三五九合
七月
一四、五五〇円
一七、〇円
八八五合
八月
〇
九月
八一八円
一八〇円
四五合
一〇月
八、一六〇円
二〇〇円
四〇八合
一一月
〇
一二月
〇
計
四八、八八九円
三、四七二合
ところで、原告方における料理等飲食のための来客の米の消費量について見ると、原告の営業の実態とその同業者の過去の実績によれば、この来客一入は、代金五〇〇円を支払い、かつ米一合を消費するのを通例とするから、これと被告が推定した前記料理等飲食物の売上高四三四、八一八円とにもとづきその来客数を計算すれば八六九人、したがつてその米の消費量は八六九合であり、右購入量三、四七二合からこの八六九合を差引いた残二、六〇三合が前記丸泊半泊客の消費した米の量というべきである。(もつとも、原告は、被告の調査に際し、自由米の購入量は月平均八〇〇合であると説明したから、その年間購入量は九、六〇〇合であり、これに原告方の本件年度分の米の配給量一、六七一合を加えれば、その米の総購入量は一一、二七一合である。しかして、これから配給基準による原告方の自家消費分六、四七九合を差引けば、原告が営業用に消費した米の量は、四、七九〇合というべきであるが、原告の利益にしたがい前記三、四七二合により計算した。)
ところで、原告備付にかかる前記帳簿の記載によれば、原告方の昭和二八年七月から同年一二月までの間の宿泊客数は
丸泊客(二食付) 二一三人 四二・六%
半泊客(一食付) 一一〇人 二二・〇%
素泊客(食事なし) 一七七人 三五・四%
であり、丸泊、半泊客は一人一食につき米一合を消費するのを通例とするから、丸泊、半泊客を通じての宿泊客一日一人平均の米の消費量はつぎの計算のとおり一合六五九である(2合×213+1合×110/213+110=1合659)。したがつて、これと前記のとおり推定した米の消費量とにより宿泊客数を計算すればつぎのとおりである。
丸泊、半泊客合計 一、五六九人
(米の消費量÷1人平均の米の消費量 2,603÷1,659=1,569人)
宿泊客総数 二、四二八人
(丸泊、半泊客合計÷丸泊、半泊客の全宿泊客に対する百分比 1,569÷(42.6+22.0)=2,428人)
丸泊客数(四二・六%) 一、〇三三人
半泊客数(二二・〇%) 五三六人
素泊客数(三五・四%) 八五九人
(2) 宿泊料
原告備付にかかる前記帳簿の記載によれば、昭和二八年七月から同年一二月までの間の宿泊料はつぎのとおりである。
種別 来客数 宿泊料合計 一人平均の宿泊料
丸泊客 二一三人 一二〇、五五〇円 五六六円
半泊客 一一〇人 四四、〇五〇円 四〇〇円
素泊客 一七七人 四四、八〇〇円 二五三円
したがつて、前記のとおり推定した宿泊客数にもとづき宿泊料の収入を計算すれば、つぎのとおりである。
丸泊客(566円×1,033) 五八四、六七八円
半泊客(400円×536) 二一四、四〇〇円
素泊客(253円×859) 二一七、三二七円
合計 一、〇一六、四〇五円
よつて、原告の本件年度分の総売上高は、右(一)、(二)の合計一、四六〇、七五三円である。
五、(予備的主張)
被告の調査によれば、原告は本件年度において、その備付帳簿に支出として記載したもののほか、
(一) 所得税、事業税、固定資産税、市民税につき計一五件合計三一、三四四円を納付し、
(二) 昭和二五年九月一九日に国民金融公庫から借り受けた九〇、〇〇〇円の残九、〇〇〇円及びこれと昭和二八年六月二七日に借り受けた二〇〇、〇〇〇円に対する利息一〇、〇七八円、以上合計一九、〇七八円を同公庫に弁済し、
(三) 前記大橋酒店に対し酒、調味料の仕入代金八七、二一七円を弁済し、
(四) 原告とその家族の生計費合計二六二、九四四円を支出し、(原告方の本件年度における家族数は、原告を含めての七人であつたが、そのうち二人は約半年間原告と食事をともにしたにすぎないから、家族合計六人とし、総理府統計局発行にかかる家計調査年報の一箇月あたりの支出生計費により計算した。)ているものであるが、原告は、旅館を専業とし、他に収入はなかつたものであつてその支出金のすべては旅館業の収益によりまかなわれたものというべきであるから、以上は、いずれも本件年度の売上金の計上もれと目すべく、また
(五) 同帳簿によれば、店主借(原告がその所持金を営業に貸しつけたもの)一九〇、〇〇〇円の記載があり、これも結局右同様計上もれ売上金を帳簿に補充するための便宜的記載と見るほかないものである。
したがつて、以上の計上もれ売上金合計五九〇、五八三円を原告主張の総売上高五七五、九一九円に加えて、その所得金額を計算すれば本件処分額をはるかに上まわるから、原告主張のような違法はない。」と述べた。
第三、証拠<省略>
理由
請求の原因第一項記載の事実については当事者間に争いがない。そこで以下本件更正処分の適否について判断する。
一、原告が本件年度において被告主張のように料理等飲食物売上による収入と宿泊料の収入を有したものであることは原告の明らかに争わないところであるから、右両収入につき被告が主張する推計方法の合理性を検討して見ると、被告は、料理等飲食物の売上による収入については、これを酒、料理の売上高とサイダー、焼酎、ぶどう酒の売上高に分かち、前者については原告備付にかかる帳簿記載の酒、ビールの仕入高とその売上高の比率二八三%を被告が推定した酒、ビールの仕入高に乗じ、後者については、その仕入数量に通例の販売価格を乗じ各計算する旨主張するけれども、被告自身も右の帳簿記載がずさん粗雑を極め、到底信用できないものとしながら、その信用できない記載から前記比率を計算して、これを推計の基礎とするというのであるからその主張自体すでに不合理というほかない。なお、被告は、原告の同業者におけるこの比率が通例三五〇%ないし三六〇%であると主張するけれどもこれを認めるに足る証拠はない。また、原告が被告主張のようにサイダー、焼酎、ぶどう酒を酒、料理と切り離し別個に販売したとすることは、その業態から見て合理性は乏しいものといわざるを得ない。さらに、被告は、宿泊料の収入については、原告が営業用に消費した米の総量と、食事を必要とする丸泊、半泊客各一人が一食につき米一合を消費したものとして計算した場合の一人平均の米の消費量とによつて本件年度における原告方の宿泊客数を算出し、これにもとづき宿泊料を計算する旨主張するけれども、原告本人尋問(第一回)と検証の各結果を総合すれば原告方は客室として六畳二間及び三畳一間だけを使用し、行商人等を主たる客筋とする下級旅館であることが認められ、この種の旅館において、しかも宿泊だけを目的とする来客一人が一食につき米一合を消費するをもつて足りるとすることは経験則上多分に疑いの存するところであつて、この点に関する証人宮崎正三郎の証言はたやすく信用することができないし、他面宿泊料の収入の合計を見ると、これを被告主張のとおり来客一人が一食につき米一合を消費するものとして計算した場合が一、〇一九、六二七円七二銭であるのに対し、原告主張のとおり来客一人が一食につき米一・五合を消費する(経験則からいえば、原告の該主張を必ずしも根拠がないものとはいえないと考える。)ものとして計算した場合は六七九、三一八円四一銭(計算関係の詳細は別紙のとおり)であるから、来客一人が一食につき僅か米〇・五合を多く消費するかどうかによつて、収入の点においてはすでに本件更正処分における原告の所得金額はほぼ比適する三四〇、三〇九円三一銭の増減を生ずることが計算上明らかである。かように米の消費量を一合とするか、又は一・五合として計算するかというようないずれが正しいとも決し兼ねる極めて些細な事柄によつて、その結果に重大な変動を及ぼすおそれのある推計方法はその合理性も極めて乏しいものといわざるを得ない。そればかりではなく本件にあつては後記認定のとおり、より確実かつ直接的な資料により認め得る計上もれ売上金を補充するだけで原告備付にかかる前記帳簿の不備欠陥を補正し得るのであるか、かかる資料の存在を無視して被告主張のような方法により原告の本件年度の総売上高を推計することは許されないというべきである。
そこで被告の予備的主張について調べて見るに、被告主張のとおり原告が本件年度において前記備付帳簿に支出として記載したもののほか(一)公租公課計一五件計三一、三四四円を納付し、(二)国民金融公庫に対し元利合計一九、〇七八円を弁済し、(三)前記大橋酒店に対し酒、調味料の仕入代金八七、二一七円を弁済したことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第二、第三号証、乙第六号証、証人泉恭二の証言により成立を認める乙第七号証の四、同証言、原告本人尋問(第一回)の結果及び弁論の全趣旨を合わせると(四)原告備付の帳簿には原告とその家族の本件年度分の生計費についての記載がなされていなかつたこと、総理府統計局発行の家計調査年報(乙第六号証)による本件年度中の高崎市内居住者一世帯一ケ月あたりの生計費は一九、三五八円、その平均世帯人員は五、一三人であり、したがつて一人一ケ月あたりの生計費は三、七七三円四九銭であるから、これを原告方の本件年度における家族数を六人(原告方の家族数が原告を含めて七人であり、かつ、そのうちの二人はいずれも約半年間原告と食事をともにしたにすぎないことは当事者間に争いがないから、被告主張のとおり六人として計算する。なお、高崎市と原告の住所地たる前橋市とでは、支出生計費についてはほとんど差異がなく、また右「家計調査年報」についても前橋市近傍にあつては高崎市がその調査対象とされていることは、当裁判所に明らかなところである。)として計算すれば、原告とその家族の本件年度分の生計費の合計は二七一、六九一円二八銭(3,773円49銭×6(人)×12(月)=271,691円28銭)であること、(五)前記帳簿に本件年度分の店主借として合計一九〇、〇〇〇円の記載があり、その金額の出所はいずれも明らかではないことが認められるほか、原告は、本件年度においては、旅館業の収益を除き他に資産収入をもたなかつたこと及び本件年度中には現在も存在する借財以外の借財は、特別にないことが認められる。原告は原告とその家族の生計費は年間一〇〇、〇〇〇円である旨主張するけれども、それが根拠を欠く推測にとどまるものであることはその主張自体から明らかであるから、これを採用することができないし、また、前記店主借については他から借り受けたものと主張するけれども、これに添う原告本人尋問(第一、二回)の結果は、前顕甲第二号証の記載の状態及び証人泉恭二の証言により認められる原告が被告の調査後に店主借の記載の一部を「家計費分差引」と書き改めた事実等にてらしてたやすく信用できず、他に該金員の出所を明認し得る資料はない。そうして見ると、前記(一)ないし(四)の支出は、いずれも営業の収入によつてまかなわれたものと推認するほかなく、また、(五)の店主借は、架空の借入金であり売上金のえんぺいと認めるほかはない。
以上の事実によれば、前記
(一) 公租公課 三一、三四四円
(二) 国民金融公庫に対する弁済金 一九、〇七八円
(三) 前記大橋酒店に対する弁済金 八七、二一七円
(四) 原告とその家族の生計費 二七一、六九一円二八銭
(五) 店主借 一九〇、〇〇〇円
合計 五九九、三三〇円二八銭
が原告の本件年度分の計上もれ売上金であるというべく、したがつて、原告の本件年度分の総売上高は、その主張にかかる総売上高五七五、九一九円に右計上もれ売上金五九九、三三〇円二八銭を加えた一、一七五、二四九円二八銭であるというべきである。
二、しかして、原告の本件年度における期首、期末の各棚卸高及びその他の経費合計が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがないところであるが、成立に争いがない乙第三号証の一、二及び四によれば前記記帳もれ公租公課三一、三四四円中の一四、八〇〇円は事業税三三七〇円は固定資産税として支払われたものであることが認められ、国民金融公庫に対する弁済金一九、〇七八円中の一〇、〇七八円が利息であることは被告の自認するところであつて、右はいずれも損金に算入すべきものであり、かつ右大橋酒店に対する弁済金八七、二一七円は損益計算上、同時に損金にも算入すべき筋合のものであるから、これらと前記認定の総売上高及び原告主張の純仕入高にもとづき、その所得金額を計算すれば
1 益金の部
総売上高 一、一七五、二四九円二八銭
2 損金の部
売上原価 三一三、二五八円
内訳
純仕入高 三一三、二五八円
期首棚卸高 三、五〇〇円
期末棚卸高 三、五〇〇円
その他の経費合計 四一九、四一〇円
(内訳は被告主張のとおり。)
加算すべき公租公課 一八、一七〇円
同支払利息 一〇、〇七八円
大橋酒店に対する弁済金 八七、二一七円
3 所得金額 三二七、一一六円二八銭
すなわち三二七、一〇〇円(国庫金等端数計算法第五条の規定により一〇〇円未満は切捨)である。
四、したがつて、本件更正処分中、右所得金額を超える部分は違法として取消をまぬがれないものであるから、本件更正処分の取消を求める原告の本訴請求は、右違法部分の取消を求める限度において理由があるものとして認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第九二条但書の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 水野正男 荒木秀一 原島克己)
宿泊客一人一食あたりの米の消費量を基準とする宿泊料の計表
(注) 計算方法は被告主張のとおり。数字については酒、ビールの仕入高につき乙第一号証による当裁判所の認定額によつたほかは、括弧で示した証拠により認められるところにしたがつて、なお、二、において、上段は被告主張のとおり一合を基準とした場合、下段は原告主張のとおり一、五合を基準とした場合の計算を示した。
一、1自由米の購入量(甲第二号証、乙第二号証の一ないし、七、九、一〇)
原告備付の現金出納帳による購入金額と前橋商工会議所調査による自由米の消費者価格による。
月別
購入金額
一合の価格
換算された量
一月
一、七三〇円
一一、〇円
一五七合
二月
四、七四〇円
一一、五円
四一二合
三月
三、七五〇円
一二、〇円
三一三合
四月
五、〇〇〇・
一一、五円
四三五合
五月
五、六四五円
一一、五円
四九一合
六月
四、四九六円
一二、五円
三六〇合
七月
一四、五五〇円
一七、〇円
八五六合
九月
八一八円
一七、五円
四七合
一〇月
八、一六〇円
二〇、〇円
四〇八円
合計 三、四七九円
丸泊、半泊客に供された米の量(宮崎証人の証言)
二、六〇九合
(算式)
1 料理等飲食のための来客の米の消費量
=料理等飲食物の売上高÷この来客1人あたりの支払つた代金×同1人あたりの米の消費量870合42=435,212円43÷500円×1合
なお、料理等飲食物の売上高=酒、ビールの仕入高×283%
435,212円43≒153,785円31×283%
2 丸泊 半泊客に供された米の量
=購入量-料理飲食のための来客の米の消費量
2,609合=3,479合-870合
2 昭和二八年七月から同年一二月までの宿泊者数、百分比、宿泊料(乙第七号証の一)
宿泊者数
百分比
宿泊料
合計
一人平均
丸泊客(二食付)
二一三人
四二、六%
一二〇、五五〇円
五六五円九六<1>
半泊客(一食付)
一一〇人
二二、〇・
四四、〇五〇円
四〇〇・四五<2>
素泊客(食事なし)
一七七人
三五、四%
四四、八〇〇円
二五三・一〇<3>
五〇〇人
一〇〇、〇・
二、
1 丸泊、半泊客を通じ一人あたりの米の消費量
一合六五九
1
二合四八九
2 丸泊、半泊客総数 一、五七三人
2,609÷1,659=1,572.63(四捨五入)
2 一、〇四八人
2,609÷2,489=1,048.21(四捨五入)
3 宿泊客総数 二、四三五人
1,573÷64.6%=2,434.98(四捨五入)
3 一、六二二人
1,048÷64.6%=1,622.27(四捨五入)
4 種類別宿泊客数
丸泊客(四二、六%) 一、〇三七人<A>
半泊客(二二、〇%) 五三六人<B>
素泊客(三五、四%) 八六二人<C>
4
丸泊客(四二、六%) 六九一人<A>′
半泊客(二二、〇%) 三五七人<B>′
素泊客(三五、四%) 五七四人<C>′
5 宿泊料
丸泊客(<A>×<1>) 五八六、九〇〇円五二
半泊客(<B>×<2>) 二一四、六四一・二〇
素泊客(<C>×<3>) 二一八、〇八六・〇〇
5
丸泊客(<A>′×<1>) 三九一、〇七八円三六
半泊客(<B>′×<2>) 一四二、九六〇・六五
素泊客(<C>′×<3>) 一四五、二七九・四〇
合計 一、〇一九、六二七・七二
合計 六七九、三一八・四一